幕末を舞台とした、手塚治虫の「陽だまりの樹」の第1巻(p202)には、緒方洪庵が大阪に開いた適塾が出てきます。
この漫画の適塾には、「ヅーフ・ハルマ」とよばれる蘭和辞典が1冊あり、「ヅーフ部屋」という部屋に置かれています。この辞書については、塾生の一人が、新入りの塾生である主人公(手塚良庵)に対して「輸入された仏・蘭語の字引で、それを長崎の商社のヅーフという人が訳した」ものだと紹介しています。
◎この漫画に出てくる ”ヅーフ・ハルマ” とは ドゥーフ・ハルマ(長崎ハルマ) であり、 ”輸入された仏・蘭語の字引” とは フランソワ・ハルマ 、 ”長崎の商社” とは オランダ商館 、 ”ヅーフ” とは 商館長の ヘンドリック・ドゥーフ であることは明らかです。
◎蘭和辞書「ドゥーフ・ハルマ(長崎ハルマ)」 は蘭仏辞書「フランソワ・ハルマ」のフランス語の部分を省いて、アルファベット順に並んだオランダ語にそれぞれ日本語の対訳をつけたものです。
*フランソワ・ハルマとは、オランダ人の出版業者フランソワ・ハルマ(1653-1722)が著した蘭仏辞書です。
◎実は、ハルマ和解(江戸ハルマ)という辞書が、日本初の蘭和辞書です。これもフランソワ・ハルマの蘭仏辞典をもとに編纂されたものです。
➊ ハルマ和解(江戸ハルマ) 寛政8年(1796年)完成 全13巻
➋ ドゥーフ・ハルマ(長崎ハルマ) 天保4年(1833年)完成 全58巻
◎驚くべきことに、17世紀~18世紀のオランダには国語辞典がなく、この当時は蘭仏辞典と仏蘭辞典がオランダ人の国語辞典の代わりをしていました。なお、オランダ初の国語辞典「ウェイラント辞典」が刊行されたのは、19世紀初頭になってからです。このことは、京都大学名誉教授の方のブログからの引用です。
*福沢諭吉の自伝によると、大坂の適塾にも、ハルマ辞書と一緒にウェイランド辞書の一揃いが備えられていました。 参考:国立国会図書館「江戸時代の日欄交流」
◎これまでに何度も紹介した長崎歴史文化博物館では、商館長のヘンドリック・ドゥーフの業績についてのミニシアターが上映されており、彼が日本のオランダ通詞と協力しながら、オランダ語の単語を長崎弁に訳している場面があります。
◎ただ、この辞書は印刷ではなく手書きによる写本のみしか出回らなかったため、ものすごく高価でした。それ故に、様々な面白いエピソードがあります。是非、調べてみてください。
*特に勝海舟の話は有名です。