◆今回のテーマは、三代将軍「足利義満」が誰から何枚の勘合を与えられたかについてです。
*以下、勉誠出版「『日明関係史研究入門』 アジアのなかの遣明船」を参考文献として解説します。(p6)
1.義満は対明通交(貿易)を目的に、明に使節を送った。
2.1401年、義満の使節が明に到着。
3.第2第皇帝「建文帝」は、義満を日本国王に冊封(さくほう)する使節を日本へ送る。
4.靖難の変(1399~1402)に勝利した朱棣(しゅてい)が、第3第皇帝「永楽帝」として即位。
5.1402年8月、建文帝の詔書を携えた明使が京都に到着。
6.翌年(1403)、義満は明使が帰国する際に謝恩使を同行させて送り出したが、明の情勢を考慮して、①建文帝あて、②永楽帝あての2通の表文を持たせた。
7.謝恩使が南京に到着したときには永楽帝が即位しており、この使節は、即位の慶賀使に早変わりして、永楽帝に上表した。
8.永楽帝はただちに①誥命、②冠服、③金印、④永楽勘合(100道)を持たせた勅使を日本に送り、義満を「日本国王」に封じた。
◆結論 義満は第3代皇帝の永楽帝から、100枚の勘合を与えられました。
*皆さん、高校の世界史で習った「靖難の変」を思い出してください。