近代国家として歩みだした日本は、1889年(M22)に大日本帝国憲法を発布しますが、その原案は、伊藤博文の命を受けた井上毅が、政府の法律顧問(ロエスレルとモッセ)の協力を得て作成したものです。

そして、伊藤はこれを叩き台として、伊東巳代治、金子堅太郎らとともに憲法草案を作成します。

伊藤らが作った草案は、明治21年(1888)6月頃から8月にかけて、神奈川県金沢の東屋旅館や伊藤の別荘のあった神奈川県の夏島で審議されたため、夏島草案とよばれています。

この夏島草案は、国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができ、驚いたことに訂正の書き込みも残っています。

*絶対君主制を維持しながらも、天皇の権限を制限する立憲主義の要素を盛り込もうと苦心した様子がうかがえます。

君主制と立憲主義の並立を目指した明治憲法