皆さんは、どうして ”アクティブ・ラーニング” という言葉が流行しているのだろうと疑問に思ったことはありませんか。

私は、文部科学大臣が諮問したからとか、中央教育審議会が答申したからといって、様々な外来語が教育現場に入ってくるたびに、それらの歴史的な変遷や流行している理由は何だろうと疑問が沸いてきます。

今の私は「なぜアクティブ・ラーニングという言葉が流行しているのだろう。」「歴史的な変遷は?」という課題発見をしたことになります。

そこで早速、ネットを使って主体的探究をしてみました。
*残念ながら一人で調べるので、協働的な学びとは言えませんね(笑)

いろいろ探していると、私の疑問にかなり答えてくれるサイトを見つけました。
*京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上慎一准教授が「アクティブラーニングの変遷と今後の在り方」というテーマでインタビューを受けています。

★以下、私なりにまとめた要約です。

➀今日「先進国」と呼ばれる国々の多くでは、19世紀末から20世紀にかけて工業化が急速に進んだ。

➁その生産力を背景に形成された国民国家の成員を育てるために、学校教育の近代化が始まった。
*教育の近代化を背景として、学校教育を経て仕事(社会)へ移行するという人びとのライフコースが生まれた。
*インタビューをよく読んでみると、このライフコースとは、義務教育修了後の後期中等教育(高校)・高等教育(大学)を受けてから就職するまでのコースのことを指しているようです。
*この先生曰く、このライフコースを『学校から仕事へのトランジェッション(移行)』と呼ぶそうです。
*難しいですね(汗)

⓷このような教育の近代化は、時の支配階級や中産階級の子弟が受けるエリート教育としてスタートした。

⓸やがて高等教育(大学)への進学率が高くなり、高等教育が大衆化した。
*この先生は、大学進学率が30~50%に達して、高等教育が質的に変化することを「高等教育の大衆化」と呼んでいます。

⑤高等教育が大衆化することによって、従来ならば高等教育の場には進まなかったような学生たちが、大挙して学ぶようになった。それまでのように知識伝達型の授業が通用しなくなった。つまり今までなら伝わっていた内容が、伝わらない、響かないといういう状況が生まれた。

⑥こうした状況は、国力の低下をもたらすのではという危機感が高まり、まずアメリカにおいて教育制度の改革が推進されていく。
*1983年に『危機に立つ国家』というレポートが連邦政府に提出される。
*アメリカでは、90年代にアクティブラーニングの機運が高まる。

⑦日本においても大学進学率が高まり、グローバル化が進展する中で、先行するアメリカの知見が受容され、学生目線の教育観や学習観が唱えられるようになった。(アメリカに遅れること約20年)

★誰が、いつ頃、どこで「アクティブ・ラーンング」という言葉を使い始めたのかについては、言及されていませんでしたが、何となく分かったような気がしました。

★平成24年8月28日に中央教育審議会が答申した「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」を読んでみると、「4.求められる学士課程教育の質的転換」のところにアクティブ・ラーニングという言葉が出てきます。これが日本での流行のきっかけでしょうか?

「生涯にわたって学び続ける力、主体的に考える力を持った人材は、学生からみて受動的な教育の場では育成することができない。従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である。すなわち個々の学生の認知的、倫理的、社会的能力を引き出し、それを鍛えるディスカッションやディベートといった双方向の講義、演習、実験、実習や実技等を中心とした授業への転換によって、学生の主体的な学修を促す質の高い学士課程教育を進めることが求められる。学生は主体的な学修の体験を重ねてこそ、生涯学び続ける力を修得できるのである。