戦前の国際関係と日本外交、特にアジア太平洋戦争に至るまでの歴史を学ぶためには、極端に偏った考え方に距離を置くようなバランス感覚が大切であり、そのためには、自分なりの物差しが必要だと思います。

自分の考えこそが一番正しいという思い込みはせず、自分とは違った考え方を尊重し、自分の物差しを微調整していくべきです。

物差しの1つとしてお勧めするのは、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か: 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(著:細谷雄一)です。

もちろん「日本の指導者に対して厳しすぎるぞ」とか「それちょっと違うんじゃない」「今だから言えるけど、その当時ならそのように判断できないよ」という箇所もたくさんありますが、全体としてはよくまとまっています。
*カスタマーレビューを見ると、手厳しい意見もたくさんあります。

これに自分なりのアレンジを加えれば、自分なりの物差しができ上ると思います。そして、いつも微調整をする必要があります。

以下、この書籍からの抜粋です。

◆ Kindle版 No.3712~3723

歴史ものの出版物を眺めると、あたかも戦前の日本が悪いことばかりしていたと描く本と、あたかも戦前の日本が何も悪いことをしていないかのように描く本と、二極化している現状にも違和感があった。人間も国家も、悪いこともすれば、良いこともする。それは当然である。多様な要素を総合して、バランスよく全体を描くことが重要だ。ところがそのような複雑で、バランスのとれた歴史書よりも、単色で、シンプルに善悪を断定する本の方が読者にとって読みやすいことは間違いない。だからそのような本が市場に求められて、多く読まれるのだろう。

◆ Kindle版 No.3670

いかなる諸国にとっても、広い視野から国際主義の精神の重要性を理解するのは容易ではない。自国の正義や自国の利益を絶対視する傾向は、どの国においても色濃く見られるからである。そこで気になるのが、今の日本である。戦前の日本が、軍国主義という名前の孤立主義に陥ったとすれば、戦後の日本はむしろ平和主義という孤立主義に陥っているというべきではないか。たとえば、平和主義と戦争放棄の理念を、1928年の不戦条約や、1945年の国連憲章2条4項を参照することなく、あたかも憲法9条のみに存在する尊い日本固有の精神であるかのように錯覚し、ノーベル平和賞を要求することは、本書で見てきたような日本の歴史に少しでも思いをいたすならば、美しいふるまいとは言えないだろう。また、自国以外の安全保障にまったく関心を示さない利己的な姿勢は、下手をすれば国際主義の精神の否定と見られる怖れもある。

◆ Kindle版 No.3625

国際政治学者の高坂正堯は、「国際政治に対する日本人の想定と国際政治の現実とのずれ」が原因で、戦前の日本外交は失敗したと述べている。問題なのは、そのような「ずれ」に、多くの日本人が気づいていなかったことである。無意識のうちに、そのような国際社会との「ずれ」の存在に不満を鬱積させ、敵意をむき出しにして、国際社会に背を向けてしまった

たとえどれだけそのような「ずれ」があったとしても、日本は国際社会のなかで生きていかなければいけない。そして、そのような厳しい国際社会のなかで、自らの利益を確保して、国民の安全を守っていかなければならないのだ。

◆ 以下は、教科書の記述を比較した頁です。 

教科書を比較する➀ 満州事変が勃発する背景

教科書を比較する➁ リットン調査団

教科書を比較する➂ 開戦前の日米交渉