江戸時代の九州の子どもは、江戸の子ども比べてとても虫歯が多かったそうです。このことは、平成28年10月5日付の読売新聞で、聖マリアンナ医科大の長岡朋人准教授の研究として紹介されました。

長崎に近い九州では砂糖が入手しやすかったため、子どもに砂糖を使った母乳の代用食や離乳食が与えられていたことが一因とされています。

*長崎から佐賀を経て小倉に至る長崎街道は、近年、シュガーロード(砂糖の道)とも通称されるようになりました。

さて、皆さんは ケシアド というお菓子をご存知ですか。

知っている人はいないと思いますが、ポルトガルの ケイジャータ というチーズ菓子と関係があります。

このお菓子は、2016年6月に放送された『世界ふしぎ発見』~ 今行くべき国 ポルトガル 海洋王国の遺産 ~ でも紹介されましたが、中身はチーズ餡ではなく、かぼちゃの餡が使用されています。

肥前ケシアド 鶴屋(1639年創業)

長崎街道沿いでは、長崎に近かったことから、砂糖をふんだんに使ったお菓子の文化が開花しました。

以下は、長崎街道「シュガーロード」というポータルサイトからの転載です。

◆ 長崎街道がつなぐスイーツ物語

江戸時代、鎖国のもと海外との唯一の窓口であった出島。その出島に荷揚げされた砂糖は、長崎から、佐賀を通って小倉へと続く長崎街道を、京・大坂、江戸などへと運ばれて行きました。
長崎街道は、九州各地の大名たちの長崎警備や参勤交代や、オランダ商館長の江戸参府、海外からの品々や技術、文化を京・大坂、江戸へと運ぶための街道として栄えてきました。
街道沿道は砂糖のほか、菓子作りの技法なども入手しやすかったため、全国的にも有名な銘菓が生まれたのです。
南蛮から伝わった菓子は、それまでの和菓子とは違い、砂糖をふんだんに使うもの。この伝来により、菓子の世界に革命が起こり、長崎街道を中心に、砂糖文化が各地の文化と風土を取り入れ、個性ある味へと花開きました。
そのため長崎街道は砂糖の道「シュガーロード」とも呼ばれており、今なおその技術と味は受け継がれています。