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参勤交代をどう教えるべきか⑥「大名屋敷」

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各藩が江戸に持っていた大名屋敷の数は幾つと聞かれたら、どのように答えますか?
子どもに聞くと当然のように1つと答えます。

◎正解は、上屋敷、中屋敷、下屋敷の3つですが、 歴史人「大江戸 武士の暮らし図鑑」 を参考にまとめてみました。

1. 慶長8年(1603)に幕府が開かれると、大名たちは幕府から屋敷地を賜り、豪壮な屋敷を建て始めました。

2. 寛永12年(1635)、外様大名の参勤交代が制度化されると、全ての大名が江戸に屋敷を構える必要が生じ、幕府から大名屋敷が与えられました。
*譜代大名は江戸に常府しており、寛永19年の改正により参勤交代するようになった。

➀ 上屋敷
・諸大名の本拠地であり、私邸でもあった。
・大名の正妻と子女が住んでいた。
・参勤交代でお供してきた藩士の長屋がその周囲に巡らされていた。
・文京区の東京大学本郷キャンパスは加賀藩前田家の屋敷跡として有名である。

➁ 中屋敷
・大名の世嗣、隠居した藩主やその未亡人が住んでいた。
・上屋敷の補助的な存在であった。
・萩藩の場合は、ここに牢が設けられていた。

③ 下屋敷
・郊外にあり、別荘として使われた。
・拝領屋敷のほか、抱屋敷をもつ場合が多く、大藩の場合20か所以上所有していることもあった。
・火災などによって上屋敷や中屋敷が使用不能になった場合の避難所であった。
・物資の倉庫や農地などを備えている場合もあった。
・大規模な庭園があったり、敷地内で鷹狩ができるほど広いものもあった。

★ 臨海部や墨田川沿いに置かれた下屋敷は、「蔵屋敷」とよばれ、国許から送られた米や特産物の荷揚げ・貯蔵・取引を行う流通拠点の機能を備えていた。これらの屋敷は、幕府から拝領したものではなく、町屋や百姓地などを私的に買い取る場合が多かった。

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