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勘合貿易⑥ 遣明船の派遣主体(経営主体)は? 礼銭と抽分銭

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◆遣明船は莫大な利益をもたらしますが、勘合を保有する幕府は直営で勘合船(公方船)を派遣するだけでなく、貿易を希望する有力守護大名や大寺社へ勘合を支給し、その見返りに礼銭を受け取るということもしていました。

◎つまり、明から支給された勘合を、貿易を希望する有力者へ売ることにより、利益を得ていたのです。

◎貿易の利幅が大変大きかったので、有力守護大名や大寺社は経営者としての参入を望んだので、勘合を握る幕府は、自前で船を派遣しなくても、礼銭を収入とすることができました。

◎それを図式化すると、下図のようになります。

*参考文献 勉誠出版「『日明関係史研究入門』 アジアのなかの遣明船」 p10~p13

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◆忘れてならないのは、上図の公方船にしても、非公方船にしても、実質的な経営は、商人が請け負ったということです。

◎経営をになった商人は、勘合船が帰港すると、1隻につき3000~5000貫文程度の 抽分(ちゅうぶんせん)を経営主体(幕府・有力守護大名・大社寺)に支払いました。

◎商人が経営主体から請け負う形としては、➀帰国時に輸入された物資の価額を計算してその1割を納入額とする場合と、➁出発時に見込まれる輸入価額の1割を納入額とする場合の2通りの方法がありました。

◎時代が下ると➁の請負が多くなりましたが、この場合は当然、見込みが外れても額は変更されることはありませんでした。リスクは商人に押し付けるということです。

◆教科書には、15世紀後半になると、の商人と結んだ細川氏や、博多の商人と結んだ大内氏が貿易の実権を握った旨が記されています。このことは、幕府の力が弱まったこととと、幕府が勘合を有力者へ売ることによって、礼銭という形で収入を得ることができたことの2点を鑑みれば、当然のことといえるでしょう

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